飲食店開業の現実:統計から見るリスクと可能性
飲食店開業は多くの人の夢です。しかし、その道のりは決して平坦ではありません。日本政策金融公庫の「新規開業パネル調査2021年12月」によれば、2016年に創業した企業のうち、2020年末までに廃業した割合は全業種で8.9%であるのに対し、「飲食店・宿泊業」では14.7%と高い数字となっています。この数字は、飲食業界における開業リスクの高さを如実に物語っています。
一方で明るい話題としては、コロナ禍からの回復も見られます。2023年は、5月に新型コロナウイルス感染症の感染症法における位置付けが2類相当から5類に移行したこともあり、「飲食店・飲食サービス業」は前年比11.2%増と2年連続の上昇となりました。「飲食店・飲食サービス業」は、3月のマスク着用の緩和、さらに5月の新型コロナの5類移行などの要因により、第3四半期まで上昇傾向での推移を見せていました。
しかし、2024年上期の状況を見ると、「飲食店・飲食サービス業」は全体としてほぼ横ばいで推移し、回復に一服感が見られます。特に「パブレストラン・居酒屋」は、回復傾向は維持しているものの、利用客数の回復の遅れなどから、コロナ禍前の7割程度の水準にとどまっています。
このように、飲食業界は常に変動し、様々なリスク要因に影響を受けやすい業界です。開業を成功させるためには、これらのリスクを十分に理解し、適切な対策を講じることが不可欠です。
飲食店開業前に直面する5つの主要リスク
1. 資金計画と資金不足のリスク
飲食店開業において最も重要なリスクの一つが資金計画です。開業資金は、大きく「設備資金」と「諸費用」に分かれます。「設備資金」とは、事業に必要な機械・備品の導入費用等のことで、「諸費用」とは、開業までに準備する備品や事務用品の費用、開業に必要な事務手続きや登記関連費用、保証金などが該当します。例として、保健所に申請しなければならない飲食店営業の申請手数料は、大体20,000円弱のケースが多いようです。
小さなカフェをオープンするケースでは、20坪、座席数24席、家賃10万円と想定した場合、開業時の費用に加えて、お店が軌道に乗るまでの間の運転資金として500万円ほどを加算し、合計2,000万円ほどの資金が必要になってくることもあります。
資金不足のリスクを回避するためには、十分な開業資金の確保はもちろん、少なくとも半年から1年分の運転資金を確保しておくことが重要です。また、予想外の出費に備えたバッファも設けておくべきでしょう。
2. 立地選定と集客のリスク
飲食店開業において、立地選定は非常に重要なステップです。家賃や保証金額などを地域相場と比較しながら、店舗規模や給排水・空調の設備などに留意して物件を探す必要があります。開業候補地が決定したら、市場調査をし、人口、性・年齢、最寄り駅の乗降客数、人口動線などにより、その候補地がどういった特徴のある市場なのかを把握することが大切です。
立地選定を誤ると、十分な集客が見込めず、どれだけ優れた料理やサービスを提供しても経営が立ち行かなくなる可能性があります。特に、競合店の多い地域では、差別化戦略が不可欠となります。
3. コンセプト設計と市場ニーズのミスマッチ
「飲食店はコンセプトが重要」といわれますが、その前に「経営理念」を明確にしておくことが重要です。経営理念は、それほど難しく考える必要はありません。例えば「お客様に暖かい料理を提供し、楽しい時間を過ごしていただきます」というシンプルなものでも十分です。その上で、コンセプトを固める際には、「どんなお客様へ」「何を提供するか」といった点を検討しましょう。
出店地と物件が決定したら、商圏内のニーズを想定したり競合店の調査をしたりするなど客観的な視点から判断し、最初に考えたコンセプトがビジネスとして成り立つかどうかを再度検討することが大切です。
市場ニーズとマッチしないコンセプトは、集客の困難さだけでなく、メニュー改定やリブランディングといった追加コストを招く可能性があります。
4. 人材確保と管理の課題
飲食店の開業では、独立開業すると一人で多くのことを担当することになります。日々の売上・利益の管理など、これらすべてのことを経験されていない場合は、それを担当できるお店で経験を積まれることが重要です。
また、スタッフの採用や教育も大きな課題です。良質なサービスを提供するためには、優秀なスタッフの確保と適切な教育が不可欠です。人件費は飲食店経営において大きな比重を占めるため、適正な人員配置と効率的なシフト管理が求められます。
5. 法的要件と許認可手続きのリスク
飲食店を開業する場合、食品衛生法に基づき保健所の「飲食店営業許可」が必要になります。一般的な申請・許可までの手順や必要書類は、各都道府県の所轄となっており、細かい部分は保健所によって異なるため、詳細については所轄の保健所に問い合わせることが推奨されています。また、深夜(午前0時から日の出前)において酒類の販売を行なう場合は、「深夜酒類提供飲食店営業」として別途、公安委員会への届出も必要になります。
飲食店の開業には、様々な資格が必要となります。それぞれ短期間で取得が可能ですが、準備期間のうちに忘れずに講習を受け、資格を取得しておく必要があります。
法的要件の不備は、開業の遅れや罰則の対象となる可能性があります。事前に必要な許認可を確認し、計画的に取得することが重要です。
開業後に直面する継続的なリスク管理
収益性と資金繰りの管理
開業にあたっては、採算の採れる売上高はどのくらいかを把握しておく必要があります。損益分岐点方式による算出などが有効です。また、必要売上高のほか、自店の可能売上高、業界平均売上高(1坪当たり)などを総合的に勘案したうえで、損益計画表を少なくとも3年から5年を予想し、作成しておくとよいでしょう。
売上の予測は、「客単価×1日の客数×営業日数」から算出します。飲食店の開業で、漠然と目標月商を設定する方がいますが、これでは、一日当たりの来店客数や、一日の売上目標が分からないため、経営状況の把握と改善が難しくなります。また、売上予測は、繁盛店となることを想定した目標の売上(上位)と、標準的な売上(中位)、お客様が想定通りにいらっしゃらなかった場合の売上(下位)の3段階に分けて算出することが推奨されます。
開業後も継続的な収益管理と資金繰り対策が必要です。特に季節変動の大きい飲食業では、繁忙期と閑散期の資金計画を適切に立てることが重要です。
品質管理と顧客満足度の維持
飲食店にとって、料理の品質と顧客サービスの質は生命線です。しかし、長期間にわたってこれらの質を維持することは容易ではありません。特に、人手不足や原材料の価格高騰などの外部要因に影響されやすい点がリスクとなります。
一定の品質を維持するためのマニュアル作成やスタッフ教育、定期的な顧客フィードバックの収集などが重要です。また、食品衛生管理も徹底し、食中毒などのリスクを未然に防ぐ対策が不可欠です。
競合対策と差別化戦略
2023年に農林水産省が発表した資料によると、同年の海外における日本食レストランの店舗数は、2021年と比較して約20%増加し18.7万店ほどとなりました。日本国内は人口減少やコロナ禍などの影響もあり、外食産業の市場規模は一時縮小傾向にありましたが、2023年5月の5類感染症移行後はインバウンドの増加や外出機会の増加により緩やかに回復しつつあります。
競合の増加は避けられない現実です。差別化戦略として、独自のメニュー開発、特別なサービス提供、ターゲット顧客の明確化などが考えられます。また、デジタルマーケティングやSNSの活用も差別化の一助となります。
風評リスクと評判管理
現状では、基本的な知識や技能が不足しているスタッフが日本食の調理を行っていることも少なくありません。日本食・食文化の海外発信強化を目的として、農林水産省は2016年に「海外における日本料理の調理技能の認定に関するガイドライン」を定めています。このガイドラインに基づき民間団体が認定する認定制度を利用することも、日本食の魅力を伝えるために有効な手段となるでしょう。
SNSやレビューサイトの普及により、一度のネガティブな評判が大きく拡散するリスクが高まっています。クレーム対応の適切な手順やSNS監視、ポジティブな口コミを促進する施策などが重要です。
リスクを軽減する実践的な開業準備ステップ
徹底した市場調査の方法
飲食店開業の成功は、事前の市場調査の質に大きく依存します。競合店の分析、ターゲット顧客の嗜好調査、トレンド分析などを徹底して行いましょう。実際に競合店を訪問し、メニュー、価格帯、サービス、混雑状況などを分析することも有効です。
集客販促を始める際に、一番初めに行うことは、顧客ターゲットの設定です。どんなお客さんをお店に呼びたいのかを明確にすることで、自然と集客販促の方法が決まっていきます。「地理的」、「人的」、「心理的など」の3面でターゲット顧客を具体化していくと明確にしやすいです。
実現可能なビジネスプランの作成
お店のコンセプトを決めたら、次に簡易的な事業計画書を作っていきます。事業計画書には、開業時に必要な初期費用と開業後の売上と経費を予測し、簡易的な損益計算書を作成していきます。飲食店の場合、具体的な初期費用としては様々な項目を計上します。また、開業後の売上予測は、「客単価×1日客数×営業日数」から算出し、経費の見積りについても詳細に行います。
ビジネスプランは定期的に見直し、市場環境の変化や自店の実績に合わせて調整することも重要です。特に開業初期は予想と現実のギャップが大きいため、柔軟な対応が求められます。
テスト営業とフィードバック収集の重要性
店舗が完成したら、開店前準備としてアルバイトの採用教育活動、チラシなどでの宣伝などを行います。また、プレオープンの日を設定し、関係者を招くなどして開店リハーサルを実際に行なうと、準備の不足点などを発見するうえで大変有効です。
プレオープンやソフトオープンを実施し、実際のオペレーションを検証することで、本格的な営業前に問題点を発見・修正することができます。また、初期の顧客からのフィードバックは、メニューやサービスの改善に役立ちます。
メンターとネットワークの構築
各地域の商工会議所では経営相談窓口を設け経営者の相談に応じています。開業前に一度相談するとよいでしょう。
飲食業界での経験者や先輩経営者をメンターとして持つことは、多くの課題を乗り越える助けになります。また、同業者のネットワークは、情報交換や協力関係の構築に役立ちます。商工会議所や飲食業界団体への参加も検討しましょう。
成功事例に学ぶリスク管理の実践例
事例1: 低資本からスタートした段階的成長戦略
いいお店でも、お客様を集めるマーケティングを行わないと繫盛しません。①マーケティング活動⇒②新規来店客の確保⇒③リピーター化⇒④店の経営安定化、という流れをつくることが重要です。マーケティングでおすすめなのは「やれることはすべて取り組む」という姿勢です。SNSのほか、チラシ配布、グルメサイト掲載、ホームページの構築、店舗前の看板やディスプレイの工夫などを行いましょう。
特に開業する前から、InstagramやXなどのSNSで情報発信することで、多くのファンを確保できる可能性があります。居酒屋C店は、開業の2年以上前から、コツコツと料理や酒の情報発信を行って、開店時の集客に成功しました。
事例2: 危機をチャンスに変えた飲食店の転換例
コロナ禍は多くの飲食店に打撃を与えましたが、中にはこの危機をチャンスに変えた店舗もあります。例えば、店内飲食中心のビジネスモデルからテイクアウトやデリバリーにシフトし、新たな顧客層を開拓した事例が見られます。
「ファーストフード店」は、2020年のコロナショック後すぐ回復し、以降、高い水準で推移しており、2024年上期は、伸びに加速が見られる形となりました。このように、環境変化に柔軟に対応することで、リスクを機会に変えることが可能です。
事例3: ニッチ市場特化による差別化成功例
大きな市場でのシェア争いではなく、特定のニッチ市場に特化することで成功した飲食店も多くあります。例えば、特定の地域食材にこだわった店、特殊なダイエット食を提供する店、特定の国の郷土料理に特化した店などが挙げられます。
ニッチ市場は競合が少なく、熱心なファン層を築きやすいというメリットがあります。オールラウンドな提供よりも、特定分野での専門性を高めることが差別化につながる場合もあります。
飲食店開業を支援するリソースとツール
政府・自治体の支援プログラム
日本食に注目が集まる今、国や都道府県・各自治体の海外進出に向けた支援、補助金・助成金も海外進出への後押しとなるでしょう。企業の方針や海外展開の準備状況により、最適な補助金・助成金の活用を検討してみてください。
国内開業においても、創業支援補助金や低金利融資など、様々な支援プログラムがあります。地域活性化を目的とした補助金や、女性・若者向けの特別支援なども活用できる可能性があります。積極的に情報収集し、利用可能な支援を最大限に活用しましょう。
飲食店経営に役立つデジタルツール
POS(販売時点情報管理)システム、在庫管理ソフト、予約・顧客管理システム、マーケティングツールなど、飲食店経営を効率化・最適化するデジタルツールは数多くあります。特に、データ分析に基づく意思決定は、経営の質を大きく向上させます。
初期投資は必要ですが、長期的には人件費削減や業務効率化、顧客満足度向上につながるため、積極的な導入を検討すべきでしょう。
専門家・コンサルタントの活用法
開業資金の検討は、必要な資金項目の見落としや予想外の調達額になる可能性もありますので、知り合いの同業の事業者や外部の専門家のアドバイスを受けることも検討しましょう。
飲食店コンサルタント、中小企業診断士、税理士、社会保険労務士など、各分野の専門家を適切に活用することで、多くの落とし穴を避けることができます。特に開業初期は、専門知識が不足しがちなため、外部の知見を積極的に取り入れることが重要です。
まとめ:リスクを知り、準備し、成功への道を切り開く
今日から始められる準備ステップ
飲食業未経験者の方は、開業を希望するお店と同業種のお店に務めて、飲食店経営に関する全般的な知識と経験を積むことが必須です。準備期間を3年~5年と定めて、開店資金や経営ノウハウ、調理技術、資格などの取得や習得に努めてください。
飲食店開業は一朝一夕に実現するものではありません。段階的な準備計画を立て、着実に進めていくことが重要です。今日からできる具体的なステップとしては、以下が挙げられます:
- 飲食業界の知識・経験を積む
- 事業コンセプトの明確化
- 市場調査と競合分析
- 事業計画書の作成
- 資金計画の策定と資金調達
- 必要な資格・許認可の確認
長期的視点でのリスク管理の重要性
開業後、お店がすぐに軌道に乗るとは限りません。お客様に来ていただき、常連のお客様が付き、売り上げが安定するには、開業から1年くらいはかかるものです。その間、最低限必要な売上額を把握し、経営状況に応じて、売上改善のために販促活動を行ったり、仕入を見直してコスト削減したりするために、下位の売上額を把握し、中位から上位を目指してお店を運営していくことが大切です。
飲食店経営は、開業後も継続的なリスク管理と戦略の見直しが必要です。市場環境の変化、消費者嗜好の変化、競合状況の変化などに対応して、柔軟にビジネスモデルを調整していく姿勢が重要です。
飲食店開業は確かにリスクの高いビジネスです。しかし、それらのリスクを理解し、適切な準備と対策を講じることで、成功の可能性を大きく高めることができます。熱意だけではなく、冷静な分析と計画的な準備によって、あなたの飲食店開業の夢を現実のものとしてください。
飲食店開業のリスクは決して回避できるものではありませんが、それらを理解し、適切に管理することで、ビジネスとしての成功確率を高めることが可能です。熱意と計画性を両立させ、持続可能な飲食店経営を目指しましょう。
全体像はこちら:飲食店開業の流れ|失敗しない12のステップ