飲食店開業で最も重要な「商圏距離」とは?
飲食店を開業する際、多くの起業家は料理の質やサービス、内装などに焦点を当てがちですが、実は成功と失敗を分ける最も重要な要素の一つが「商圏距離」です。同じメニュー、同じサービス、同じ価格帯の店舗でも、立地によって売上が大きく異なることは珍しくありません。本記事では、飲食店開業において商圏距離がなぜ重要なのか、業態別の最適な商圏距離はどれくらいなのか、そして効果的な商圏分析の方法について詳しく解説します。
商圏距離の基本概念と重要性
商圏とは何か?
商圏とは、お店に顧客が来店する可能性がある地理的な範囲を指します。一般的に、飲食店の商圏は以下の3つに分類されます:
- 一次商圏:最も来店頻度が高い顧客が住む範囲
- 二次商圏:ときどき来店する顧客が住む範囲
- 三次商圏:たまに来店する顧客が住む範囲
飲食店の売上げを左右する要因は、商品、販売方法、店舗の大きさ、店員のサービスなど様々なことが考えられますが、チェーン店などでも店舗によって売上げは異なります。この売上げの違いとなる大きな要因の一つは「立地」です。店舗の立地が悪いと、売上げはなかなか上がりません。また、一度作った店舗を閉鎖し、別の場所での店舗の新設は大きなコストを伴うため、出店を計画する際は、慎重に立地を検討する必要があります。
なぜ商圏距離が重要なのか?
商圏距離は以下の理由から飲食店開業において極めて重要です:
- 来店頻度の予測: 顧客がどの程度の頻度で来店するかは、店舗からの距離に大きく影響されます
- 潜在顧客数の把握: 商圏内にどれだけの潜在顧客がいるかを知ることで、売上予測が可能になります
- 競合店との関係: 同じ商圏内の競合店の存在は、自店の集客に大きな影響を与えます
- 投資回収計画: 適切な商圏分析を行うことで、より正確な事業計画と投資回収計画が立てられます
業態別の最適な商圏距離
飲食店の業態によって、最適な商圏距離は大きく異なります。以下に主な業態別の一般的な商圏距離の目安を紹介します。
カフェ・喫茶店の商圏距離
カフェや喫茶店は、比較的頻繁に利用されるため、商圏距離は狭い傾向にあります。
- 一次商圏: 徒歩5〜10分圏内(約300〜500m)
- 二次商圏: 徒歩10〜15分圏内(約500〜1km)
- 主なターゲット: 近隣住民、近隣オフィスワーカー、学生
レストラン・定食屋の商圏距離
フルサービスのレストランや定食屋は、やや広い商圏を持ちます。
- 一次商圏: 徒歩10〜15分、または車で5〜10分圏内(約500m〜2km)
- 二次商圏: 車で10〜20分圏内(約2〜5km)
- 主なターゲット: 家族連れ、会社員、カップル
居酒屋・バーの商圏距離
夜間営業が中心の居酒屋やバーは、駅からの距離が特に重要です。
- 一次商圏: 駅から徒歩5分以内(約300m以内)
- 二次商圏: 駅から徒歩5〜15分(約300〜1km)
- 主なターゲット: 会社帰りのサラリーマン、OL、学生
東京の商業地(新宿、銀座、渋谷)では、居酒屋、ダイニングバー・バー・ビアホール、焼き鳥・肉料理・串料理といったジャンルの飲食店の多くが、夜から営業を開始する傾向があります。深夜では、酒類を提供する飲食店の一部が営業を継続または開始し、他は閉店します。これは歓楽街としての商業地の特性をよく表しているといえます。
テイクアウト・デリバリー主体の店舗
テイクアウトやデリバリーを主体とする店舗は、物理的な商圏の考え方が従来の飲食店とは異なります。
- 一次商圏: 徒歩3〜5分圏内(約200〜300m)
- デリバリー商圏: 店舗から自転車・バイクで15分以内(約3km圏内)
- 主なターゲット: 単身世帯、共働き家庭、オフィスワーカー
商圏分析の実践的手法
商圏調査の基本ステップ
商圏分析の方法は大きく分け、インターネット調査と現地調査の2種類があります。店舗運営には、店舗の立地が大きく影響します。インターネットやSNSでの情報発信により、従来よりも広範囲で集客ができるようになりましたが、基本的に店舗は周辺地域が集客基盤となります。商圏分析により、周辺地域にどのような特徴があるのか、どのような顧客層が多いのか等の特徴を把握しましょう。
効果的な商圏分析を行うステップは以下の通りです:
- エリア選定: 出店を検討しているエリアを選定
- 基礎データ収集: 人口統計、世帯数、所得水準などの基礎データを収集
- 競合店調査: 同じ商圏内の競合店の数、規模、特徴を調査
- 通行量調査: 実際に現地で通行量を測定(平日/休日、時間帯別)
- アンケート調査: 潜在顧客のニーズやライフスタイルを調査
- データ分析: 収集したデータを分析し、最適な立地を決定
活用できる無料ツール
商圏分析には「統計GIS」というツールが便利です。これは総務省統計局が提供している、無料で使用できるWEBサービスです。例えば、地図上に商圏をエリアとして設定し、そのエリアの人口構成や世帯構成などのレポートを生成できます。無料ツールですが、地域密着ビジネスの商圏分析には十分な機能があります。
その他にも以下のようなツールが活用できます:
- jSTAT MAP: 国勢調査のデータを地図上に表示できる
- RESAS(地域経済分析システム): 経済産業省提供の地域経済分析ツール
- Googleマイビジネス: 特定のエリアでの検索ボリュームや競合情報の把握
人口統計データの活用方法
出店計画や商圏分析等で広く利用されている「地域メッシュ統計(総務省統計局)」を活用することができます。これは国勢調査等の統計データを編成することで作成される統計で、コンビニエンスストアの出店計画などにも活用されています。
商圏内の以下のような人口統計データを分析することで、ターゲット顧客の把握が可能になります:
- 年齢別人口構成
- 世帯構成(単身世帯、ファミリー世帯など)
- 昼間人口と夜間人口の差(オフィス街かどうかの判断材料)
- 所得水準
- 居住年数(地域への定着度)
立地選定の実践的アプローチ
商圏内の人口構成と客層分析
商圏内の人口構成に合わせて、ターゲットとなる客層を分析することが重要です。例えば:
- 単身世帯が多いエリア → 一人でも入りやすい店舗設計
- ファミリー層が多いエリア → キッズメニューやファミリー向けサービス
- 高齢者が多いエリア → アクセスのしやすさ、読みやすいメニュー
通行量調査の実施方法
実際の通行量を調査する際のポイント:
- 平日・休日それぞれ調査する
- 朝・昼・夕方・夜など時間帯別に調査する
- 天候による影響も考慮する
- 競合店の前の通行量と比較する
賃料と商圏価値のバランス
好立地は当然賃料も高くなりますが、重要なのは賃料と売上のバランスです。
- 駅前の一等地: 賃料は高いが、通行量も多い
- 駅から少し離れた場所: 賃料は安いが、集客力に課題
- 路面店 vs ビル内テナント: 視認性と賃料のバランス
物件を選ぶ際は、以下の式で判断すると良いでしょう:
月間想定売上 × 適正賃料率(%) > 月額賃料
※飲食店の適正賃料率は一般的に売上の8〜12%程度とされています
店舗レイアウトと入りやすさ
店舗設計にあたって大切なことは、お客さまの視点から入りやすく、歩きやすく、見やすく、分かりやすいレイアウトにすることです。飲食店の場合は、さらにくつろぎやすさが求められます。ファサード(店舗外装正面)に開放感があるか、エントランス(入口廻り)は広くとる方が一般的には入りやすくなります。飲食店のレイアウトを考えるときに、もっとも重要なポイントの一つは客席構成です。人は本能的に安全で見晴らしがよい場所を選ぶ傾向があるため、窓際、壁際、両端、奥から順に席をとていく傾向にあります。
商圏拡大のための戦略
デジタルマーケティングによる商圏拡大
物理的な商圏を超えて集客するためのデジタル戦略:
- Googleマイビジネスの最適化: 地域検索で上位表示されるように設定
- SNSマーケティング: Instagram、Facebook等でのビジュアルマーケティング
- 口コミサイト対策: 食べログ、Googleレビュー等の積極活用
- Webサイトの最適化: モバイルフレンドリーで検索エンジン最適化されたサイト構築
顧客ロイヤルティを高める施策
リピーターを増やし、遠方からも来店してもらうための戦略:
- ポイントカード導入: 来店回数に応じた特典
- 会員制度: 会員限定メニューや優先予約
- イベント開催: 定期的なイベントで来店理由の創出
- 季節限定メニュー: 定期的に訪れる理由づくり
特別な商品・サービスによる差別化
競合との差別化により、より広い商圏からの集客を目指す:
- ご当地食材の活用: 地域特産品を使ったメニュー開発
- SNS映えする料理や内装: 拡散されやすいビジュアル要素
- 独自の調理法や提供方法: 他店にない体験価値の提供
- 特定の食材や調理法へのこだわり: 専門性の高さをアピール
商圏分析の成功事例と失敗事例
商圏分析で成功した飲食店の事例
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カフェA: オフィス街の一次商圏(徒歩5分圏内)に1,000人以上のオフィスワーカーがいることを確認し、モーニングとランチに特化したメニュー開発。平日の昼間だけで黒字化に成功。
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居酒屋B: 駅徒歩3分の好立地だが賃料が高く、周辺に競合が多いことから、女性専用個室と健康志向メニューで差別化。ターゲットを絞ることで高い客単価を実現し、高賃料でも利益確保。
商圏の見誤りによる失敗事例と教訓
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レストランC: 住宅街の中心に出店したが、昼間は人通りが少なく、ファミリー層をターゲットにしたにも関わらず、商圏内の家族構成を調査せず、単身世帯が多いエリアだった。結果、想定客数を大きく下回り閉店。
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カフェD: 駅前の好立地に出店したが、通勤客のみを想定し、商圏内の競合調査を怠った。結果、類似コンセプトの大手チェーン店に客を奪われ撤退。
逆境の立地を強みに変えた創意工夫
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イタリアンE: 駅から徒歩15分の不便な立地だが、本格的な手打ちパスタと自家製ピザで差別化。SNSでの情報発信を強化し、「隠れ家的」価値を創出。口コミで評判が広がり、遠方からも客が訪れる名店に。
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定食屋F: 繁華街から外れた場所にあるが、近隣オフィスへの宅配サービスを開始。物理的な商圏の制約を超え、売上の50%をデリバリーで確保する事業モデルを構築。
まとめ:成功する飲食店開業のための商圏戦略
飲食店開業における商圏距離の分析は、成功への第一歩です。自店の業態に合った最適な商圏を見極め、その中の顧客特性や競合状況を徹底的に分析することで、より精度の高い事業計画を立てることができます。
また、商圏分析は開業前だけでなく、開業後も定期的に行うことで、変化する市場環境に対応した戦略調整が可能になります。デジタルマーケティングを活用して物理的な商圏の制約を超え、独自の価値提供で差別化を図ることも重要なポイントです。
立地は飲食店ビジネスの「命」と言っても過言ではありません。十分な準備と分析に基づいた商圏戦略で、飲食店開業の成功率を高めましょう。
全体像はこちら:商圏分析で失敗リスクを9割減らす方法