飲食店開業における商圏分析の重要性
店舗運営には、店舗の立地が大きく影響します。インターネットやSNSでの情報発信により従来よりも広範囲で集客ができるようになりましたが、基本的に飲食店は周辺地域が集客基盤となります。つまり、どれだけ素晴らしい料理やサービスを提供できても、立地選びを間違えれば、ビジネスとして成立しない可能性が高いのです。
商圏分析を行うことで地域の消費者の特性や市場規模を把握することができます。出店を考えるときは、最初に商圏分析から行いましょう。適切な商圏分析は、ターゲット顧客の特定、競合状況の把握、そして収益予測の精度を高めるために不可欠な作業なのです。
飲食店の失敗率と立地の関係性
飲食店の開業には大きなリスクが伴います。統計によれば、新規開業した飲食店の約7割が5年以内に閉店するというデータもあります。この高い失敗率の主要因の一つが「立地選定の失敗」です。
適切な商圏分析なしに立地を選ぶことは、いわば目隠しをして矢を放つようなもの。当たる確率は極めて低いでしょう。しかし、商圏分析により、周辺地域にどのような特徴があるのか、どのような顧客層が多いのか等の特性を把握することで、成功確率を大幅に高めることができます。
商圏分析で見えてくる「隠れた機会」
適切な商圏分析を行うことで、一見しただけでは気づかない「隠れた機会」を発見できることがあります。例えば、人通りが少ない路地裏でも、特定の顧客層が多く住んでいたり、競合が少なかったりする場合、ニッチな市場を開拓できる可能性があります。
商圏分析と競合調査を通じて、商圏内の顧客に合わせた、他者にはない差別化した商品・サービスを提供していきましょう。このように、商圏分析は単なる立地選びだけでなく、店舗コンセプトや提供サービスの方向性にも大きな影響を与えるのです。
商圏分析の基本手法とは
商圏分析とは、店舗の周辺地域における潜在顧客の分布や特性、競合状況などを調査・分析する手法です。では、具体的にどのような方法で商圏分析を行えばよいのでしょうか。
商圏分析の方法は大きく分け、インターネット調査と現地調査の2種類があります。まず簡単に行えるのはインターネットによる調査です。これらの方法を組み合わせることで、より精度の高い分析が可能になります。
商圏の範囲設定:3つの考え方
飲食店の商圏は一般的に以下の3つに分けて考えます:
- 一次商圏:徒歩5〜10分(約500m〜1km)圏内。最も重要な顧客獲得エリアです。
- 二次商圏:車や自転車で10〜15分(約1〜3km)圏内。定期的に来店が期待できるエリアです。
- 三次商圏:車や公共交通機関で20〜30分圏内。特別な機会に来店が期待できるエリアです。
店舗タイプによって重視すべき商圏は異なります。例えば、ランチ営業がメインの定食屋であれば一次商圏のオフィスワーカー数が重要になりますが、高級レストランであれば広域からの集客も視野に入れる必要があります。
詳しくはこちら:商圏距離分析で失敗しない立地選び
人口統計データの活用方法
出店を計画する際は、まず出店を計画している地域内の人口、男女・年齢別人口、昼間人口・夜間人口を調査する必要があります。これらの基本データは店舗のターゲット顧客を明確にするうえで非常に重要です。
地理情報システムjSTAT MAPを使えば、統計地図の作成や、利用者のニーズに沿った地域分析が可能です。防災、施設整備、市場分析など、詳細な計画立案に役立つ基本的な分析を簡単に行うことができます。
jSTAT MAPでは国勢調査データを活用して以下のような情報を得ることができます:
- 地域の年齢別・性別人口構成
- 世帯年収の分布
- 職業別人口
- 昼間と夜間の人口比較
これらのデータを分析することで、ターゲットとする顧客層が多く居住・勤務しているエリアを特定できます。
詳しくはこちら:商圏人口分析で失敗しない立地選定のポイント
競合店調査のポイント
商圏分析とあわせて競合の調査も必要です。競合店の調査では以下のポイントに注目しましょう:
- 競合店の数と分布:同業種の店舗がどれだけあるか、どのように分布しているか
- 競合店のコンセプトと価格帯:どのような顧客層をターゲットにしているか
- 客入りの状況:ピーク時間や客層、回転率はどうか
- メニュー構成:人気メニューや価格設定はどうなっているか
- 強みと弱み:競合店の強みと弱みは何か
これらの情報を収集・分析することで、競合との差別化ポイントを見つけ出し、自店の優位性を確立するための戦略を立てることができます。
無料でできる!実践的な商圏分析テクニック
商圏分析は専門業者に依頼すると高額な費用がかかりますが、商圏分析システムには、無償で利用できるものと業種に特化して詳しいレポート作成などができる有料のものがあります。ここでは、コストをかけずに自分で実施できる実用的な商圏分析方法をご紹介します。
Googleマップを活用した基本分析
Googleマップは商圏分析の強力なツールです。以下のような使い方ができます:
- 競合店のマッピング:「飲食店」「ラーメン」などのキーワードで検索し、競合店の分布を確認
- 人気度チェック:レビュー数と評価を確認して人気度を把握
- 交通アクセス分析:公共交通機関からのアクセス時間を測定
- 周辺施設確認:オフィスビル、学校、住宅地などの分布を確認
さらに、Googleマップのタイムライン機能を使えば、特定時間帯の混雑状況も把握できます。
jSTAT MAPを活用した統計データ分析
新規出店の時には商圏分析をしておきたいです。そんな際に役に立つのが、無料の商圏分析ツール「jSTAT MAP」です。国勢調査など国が提供するデータを地図上に表示してレポートを作ってくれます。
GISとはGeographic Information System の略称で、地理情報システムの意味です。地図データと統計データを組み合わせた分析ツールであることから統計GISという名称となっています。
jSTAT MAPの使い方:
- e-StatのウェブサイトからjSTAT MAPにアクセス
- 分析したいエリアを地図上で選択
- 表示したい統計データ(年齢別人口、世帯数など)を選択
- 自動生成されるレポートを分析
商圏分析は骨の折れる作業でしたが、統計GISを活用することで、格段に効率化できます。
街歩きで見つける立地の真実
デジタルツールだけでなく、実際に足を運んで調査する「街歩き」も重要な商圏分析手法です。街歩き調査では以下のポイントをチェックしましょう:
- 人通りの観察:平日・休日、時間帯別の人通りを観察
- 客層の確認:年齢層、性別、グループ構成などを確認
- 競合店の実地調査:実際に競合店を利用し、サービスや料理を体験
- 周辺環境の確認:駐車場の有無、視認性、周辺の雰囲気などを確認
デジタルデータでは見えてこない「肌感覚」の情報を得ることが、街歩き調査の最大のメリットです。
SNSから読み解く地域の消費者動向
InstagramやTwitterなどのSNSも商圏分析に役立ちます。地域名やランドマーク名を含むハッシュタグを検索すると、地域住民の関心事や人気スポットがわかります。また、地域のコミュニティグループやローカルインフルエンサーをチェックすることで、地域特有のトレンドや嗜好を把握できます。
商圏分析から導く最適な店舗コンセプト
商圏分析で得たデータを基に、地域特性に合った店舗コンセプトを構築することが成功への近道です。
ターゲット顧客の明確化と客単価設定
商圏内の人口統計データから、ターゲットとなる顧客層を明確に定義します。例えば:
- 商圏内に会社員が多い → ランチ需要を狙ったビジネス向けメニュー
- ファミリー層が多い → キッズメニューや家族で楽しめる空間づくり
- 若年層が多い → SNS映えするビジュアルやトレンド感のあるメニュー
ターゲット顧客の所得水準や消費傾向を考慮して、適切な客単価を設定しましょう。顧客属性(性・年代)の分析から、無理なく受け入れられる価格帯を見極めることが重要です。
メニュー開発と内装設計への反映
商圏特性をメニュー構成や店舗デザインに反映させましょう。例えば:
- オフィス街 → 回転率を重視した効率的な座席レイアウト、テイクアウトメニューの充実
- 住宅街 → くつろげる空間設計、家族連れ向けの配慮
- 観光地 → インスタ映えする内装、地域の特産品を活かしたメニュー
商圏分析と競合調査を通じて、商圏内の顧客に合わせた、他者にはない差別化した商品・サービスを提供していきましょう。
商圏分析に基づく売上予測の立て方
商圏分析データを活用して、より現実的な売上予測を立てることができます。根拠のある数字に基づいた予測は、資金計画や投資判断の基礎となります。
客数予測の具体的な計算方法
基本的な客数予測の計算式は以下の通りです:
予想客数 = 商圏人口 × 来店確率 × 来店頻度
例えば、一次商圏の人口が10,000人、来店確率が5%、月間来店頻度が2回の場合: 10,000人 × 5% × 2回 = 1,000人/月
さらに精度を高めるために、以下の要素も考慮しましょう:
- 平日と休日の来店数比率
- 時間帯別の来店数分布
- 季節変動要素
商圏分析システムは、人口や世帯数、消費動向、地理データなどのさまざまな統計情報をもとに企業の戦略策定やエリアマーケティング活動などを支援するシステムです。これらのツールを活用すれば、より精緻な予測が可能になります。
売上シミュレーションの作成手順
売上シミュレーションは以下の手順で作成できます:
- 客数予測の細分化:時間帯別、曜日別の客数を予測
- 平均客単価の設定:ランチ・ディナーなど時間帯別の客単価を設定
- 月間売上の計算:客数 × 客単価を時間帯・曜日ごとに計算し合算
- 年間売上の予測:月間売上に季節変動係数を掛けて年間予測を作成
- シナリオ分析:楽観・標準・悲観の3パターンでシミュレーション
商圏分析システムの統計データと自社の会員情報・POSデータなどを照合することで、顧客分布のギャップや掘り起しが必要な時季などを把握することができます。既存店舗のデータがある場合は、それを参考にさらに精度を高めましょう。
商圏分析後のアクションプラン
分析結果をもとに、具体的にどう行動すべきかを計画します。データに基づいた意思決定が、開業成功の鍵となります。
分析結果に基づく出店判断の基準
商圏分析の結果から、出店の可否を判断する際のチェックポイントは以下の通りです:
- ターゲット顧客の十分な存在:商圏内にターゲット顧客が十分な人数いるか
- 競合状況の適切さ:競合が多すぎないか、または全くないことで需要自体がないのではないか
- アクセスの良さ:ターゲット顧客が無理なくアクセスできるか
- 収益性の見通し:予測される客数と客単価から、十分な収益が見込めるか
- 将来性:再開発計画や人口変動予測など、将来的な環境変化はどうか
これらの基準をクリアできない場合は、別の立地を検討するか、コンセプト自体を見直す必要があります。
物件探しと交渉のポイント
適切な立地が見つかったら、以下のポイントに注意して物件探しと交渉を進めましょう:
- 賃料の適正さ:予測売上の8〜10%程度が目安
- 物件の状態:設備の状況、改装の必要性
- 契約条件:契約期間、更新料、敷金・保証金の条件
- 過去の利用状況:以前の店舗の業績や閉店理由
- 周辺の開発計画:今後の周辺環境の変化予測
商圏分析データを不動産業者や物件オーナーとの交渉に活用することで、より有利な条件を引き出せる可能性もあります。
開業後も続ける!商圏分析の活用法
商圏分析は開業前だけでなく、開業後も継続して行うことで、ビジネスの持続的成長に役立てることができます。
顧客データの収集と分析
開業後は実際の顧客データを収集・分析して、当初の商圏分析結果と比較検証します。収集すべき主なデータは以下の通りです:
- 顧客の居住地・勤務地:アンケートやポイントカード登録から収集
- 来店頻度と時間帯:POS情報やCRMデータから分析
- 客単価と注文内容:メニュー別の売上データを分析
- 顧客属性:年齢層、性別、グループ構成などを記録
集客力や商圏内シェアを高めるためには、地域特性や顧客特性に適したプロモーション施策が求められるため、ターゲットを絞り込んでチラシの配布地域を検討したり、DMの内容を改善したりすることが効果的です。
商圏の変化に対応するための定期診断
商圏は時間とともに変化します。以下のポイントについて定期的に確認しましょう:
- 人口動態の変化:再開発や新規マンション建設による人口増減
- 競合状況の変化:新規出店や閉店情報
- 消費トレンドの変化:地域内の人気店や話題のメニュー
- 交通アクセスの変化:道路工事や公共交通機関の変更
これらの変化に合わせて、メニュー構成やマーケティング戦略を柔軟に調整することが、長期的な成功につながります。
まとめ:飲食店開業成功への第一歩は商圏分析から
飲食店開業において、商圏分析は成功への必須条件です。商圏分析を行うことで地域の消費者の特性や市場規模を把握することができます。出店を考えるときは、最初に商圏分析から行いましょう。
本記事で紹介した商圏分析の手法を活用し、以下のステップで開業準備を進めてください:
- 無料のツールを使って基本的な商圏データを収集する
- 実際に現地を訪れて肌感覚の情報を得る
- 得られたデータから最適な店舗コンセプトを設計する
- 現実的な売上予測と収支計画を立てる
- 分析結果に基づいて出店判断と物件選びを行う
- 開業後も定期的に商圏分析を行い、戦略を調整する
商圏分析は時間と労力を要する作業ですが、統計GISを活用することで、格段に効率化できます。この投資は必ず将来の成功につながるはずです。
成功する飲食店と失敗する飲食店の違いは、開業前の準備にあります。特に「商圏分析」という、見えない宝の地図を手に入れられるかどうかが、その後の明暗を分けるのです。あなたの飲食店開業が成功することを心から願っています。
全体像はこちら:飲食店開業の流れ|失敗しない12のステップ